2.キスから始まる





 その日は、後輩達の練習試合の日だった。
 他校のバスケ部が、並森中にやってきて行う練習試合。

 普段なら顔は出さない土曜日の午後。
 だけど、たまたまテスト期間中で部活が無いからこうして応援にやってきた。

 勉強は……帰ってから。うん。


先輩!来てくれたんですね!」
体育館を覗けば、そう言って後輩達に囲まれる。
 なんて可愛い子達なんだろう!!

「うん、頑張って!差し入れの飲み物、部室に置いてあるから持って来るね」
私の差し入れは、いつも決まって清涼飲料水。
 さっきここに来る途中に、部室に置いてあったクーラーボックスに入れてそのまま置いてきてしまったから。
「先輩、それなら私が取ってきます!」
そう言ってくれる可愛い後輩もいたけれど。
「いいのいいの!大事な練習試合なんだから、体温めときなさい」


 そう言って私は、人気の無い部室に戻ったんだ。


 後になって、やっぱり後輩に頼めばよかった……なんて思う事、この時の私は知るはずも無くって。


 少しだけ埃っぽい、細長いロッカーの立ち並ぶ部室の扉を開ける。
 薄暗い部屋の電気をつければ、部屋の超ど真ん中にクーラーボックスが二つ並んでいる。

 これを1人で持って行くのは骨が折れるけど……そこは体育会系の私!
「よっ!」
そんな色気の欠片も無いかけ声とともに、両肩にクーラーボックスのベルトをかけた。

 立ち上がった、そのとき。

「ん?」
 部室の入り口に立っている影に気がついた。

「手伝ってやろうか?」
そこに立っていたのは……。


「あ……」


 色素の薄いグレーの髪の毛。

 整った顔立ち。

 斜に構えた態度。


 獄寺、隼人。  あの時の、私を睨んでいた男の子だ。


「キミ、ここで何してるの?」
肩から下げていたクーラーボックスを一旦地面に置いて、そう問いかけた。

「何って、あんたと話がしたくて。先輩」 「……は?」

 ニヤリと、ニヒルに笑ってみせた獄寺隼人。
 その怪しい笑顔に、思わず見惚れる。

「並森中2年、獄寺隼人」
こちらに歩み寄りながら自己紹介を始める、不可解な男の子。
「あんたに、惚れた」

「……はっ!?」

 素っ頓狂な声をあげてしまう私。

 何、この子!?
 意味が分からない。
 イタリアからの留学生って言ってたっけ?イタリア流の女の口説き方!?

 パニック。まさにそんな感じ。


 だから、気がつくのが遅れた。

 気づいた時には遅かった。

「……っ!?」

 唇にあたる感触。  

 きつく掴まれた手首。



 キス。



「ッ……ちょっ!」
逃げようとするとロッカーに背中を押し付けられて、逃げ場が無くなっていた。
 深く入り込んでくるキスの感覚に、思考回路がうまく働かなくなっていく。



 不意に呼吸が楽になって、体を拘束されていた力が緩められる。

 残ったのは、目の前にあるあの刺すような視線だけ。


 獄寺隼人は、そのまま何も言わずに背中を向けて去って行った。




「なっ、何なのよ……なんなのよ、アイツ!!」
 ロッカーに背中を預けたまま、足の先から力が抜けてその場にへたり込んだ。

 意味分かんない。
 わけ分かんない。
 ……最低!!





〜あとがき〜

久しぶりの連載!と、ノリノリで書き始めたのはいいんですが……獄寺くん、嘘っぽい!! 誰ですか!?って感じになってしまいました;
どうしても、偽物感が拭えませんが……読んで下さった方、ありがとうございます!
全部で6話くらいになる予定です。
偽獄寺でよろしければ、次回もお付き合いいただけると幸いです。

この作品は碧露草様の夢小説投稿作品です。
碧露草様、ご投稿有難う御座いました。

photo/Sky Ruins