闇に唄う。貴方へ……









 恋。恋愛。……愛。

 幻想の塊が、貴方への唄を紡ぎだす。

 人の心は移ろいやすく、触れれば壊れる脆いもの。


 誰にも分からなくていい。理解されなくていい。
 愛と言うものが全て幻想だったとしても、儚く崩れ落ちる運命だとしても。


 そこに愛はあった。

 ねえ、そうでしょう?……恋次。






 私はあの人にとって、ただの捨て駒。
 逆らう事も、自分の意志を持つ事さえ許されずに生きてきた。

 私はあの人を崇拝しては居なかったし、その魅力も分からない。
 けれど、ただ拾い上げられるままに命令を受け入れてその通りに動いてきた。
。私が恐ろしいか?」
「いいえ、藍染さま」
恐ろしくはないけれど、好きにはなれない。その笑みを受け付けない私の心。
「ならば、行け」

 指し示された指の先へと、姿を消す私。

 それが、始まり。



「お前、何者だ?」

 簡単な事だった。
 警戒心を解かせる事も、笑顔を引き出す事も、心の中を覗く事さえ。

って呼んで。貴方は?」
「恋次だ」


 これは、あの人の暇つぶし。
 私は、その為の道具。

 分かっていたのに。


 何故、そんな風に簡単に信用するのか。
 何故、そんな風に屈託もなく笑えるのか。

 何故、こんなにも心惹かれてしまうのか。

 分からない。分からなかった。今でも、分からない。

!」
ただ、そんな風に呼び止めてくれる事が嬉しかった。
「お前、そんな格好で風邪引くぞ」
ただ、そんな風に私の身を案じてくれる事が嬉しかった。

 嬉しい……?何それ。どうして?……分からない。


 ある日の事。

「なぁ。俺の仕事が全部終わったら、一緒に行こうぜ。俺が魂葬してやるから、
一緒に行こう。向こうにいれば、いつでも会えるしよ」
誰もいない公園。
 まあ、誰かが居た所で私達の姿が見える人なんていないと思うけど。
 恋次は、照れくさそうにそう言った。
「あ、心配すんなよ!あっちもこっちと大して変わんねえし。……俺が、その、
……面倒見てやるからよ。……俺が、守ってやるから」

 そんな言葉をもらったのは、生まれて初めての事。

 だからなのかな。

 私は、そんな事有り得ないのに頷いてしまった。一欠片の希望を抱いてしまった。


…………好きだ」 甘い言葉に心が侵され、その温かい背中に腕を回した。 「私も、恋次が好き」

 一生に一度。
 最初で最後のキスは、温かくて柔らかくて甘くて……優しかった。



、何をしている?」
突然降り立った声に、体が硬直した。

「藍染!!てめえっ!!!」
恋次がそう叫んで、私を背後へと庇う。何も知らない恋次が、私を守ってくれようとしているんだ。

。私の命令を覚えていないのかい?この男にほだされたか?……お前が?有り得ない」
そう言って笑うその笑みを、初めて怖いと感じた。
 この男は……恋次を殺してしまう。

「……っっ藍染様!!」
恋次の背後から、飛び出す。
!?」
困惑した恋次の声は、わざと耳に入らなかった振りをした。

「お前は、私のものだ。……違うか?」
世界が、震える。
 違う。震えているのは、私の体。心。
「お前は、私のものだろう?私の命令だけを聞き、私の言葉だけを聞く。そうだな、


「藍染っっ!!!!」
恋次はそう叫んで、目の前の男に斬り掛かった。
 だけど簡単に、いとも簡単に片手で振り払われてしまう。
「恋次!」
、心配すんな。お前は、俺が守るって言っただろ……一緒に、帰る!」

 何度も藍染に斬り掛かって行く恋次を見ていた。
 何度も何度も、その度に簡単にあしらわれる。けれど諦める事をしない恋次を。

 やめて。

 やめて。

「……やめてっ!!!」
膝が、折れた。
 両膝を地面について、懇願する。
「もう、……やめてください」
喉が詰まってうまく声が出なかった。でも、恋次が傷つく姿をこれ以上見ていら
れなかった。恋次は、私に初めて『感情』と言うものを教えてくれた人。
 幻想だと思っていた『愛』と言うものを、教えてくれた人。

「そんなに愛おしいか?この男が」
頭上から降ってきた、凍てついた声。
 いつの間に移動してきたのかは分からないけれど、藍染は私を見下ろして笑みを浮かべている。


「ならば、死ね。その屍を私の傍に置いておいてやろう」


 言葉と共に振り下ろされた刀。

 一瞬だったような気もするし、ゆっくりと時間が流れていたような気もする。


!!!!!」

 どこかで、恋次の声が聞こえた。
 口の中で広がる鉄の味と、体中を駆け巡る熱にも似た激痛。

「恋次……ごめ、ん。一緒に……生きたかっ、た」
!!」
伸ばした手は、触れ合う事も許されずに……私は藍染に抱えられて空へと帰った。



 視界に広がるのは、闇。

 どこまでも黒い、闇。


 私は息の根を止められる事もなく、この闇の中に押し込まれた。
 時折訪れるのは、闇の中に響くあの男の凍てついて狂った声。
。お前は、私のものだ」
そんな、空虚な言葉。


 どうでもいい。

 私はただ、あの色だけを思い出す。
 貴方の赤い髪の色。貴方の温かい肌の色。貴方の優しい声の色。


 一緒に行きたかった。生きたかった。

 もう、叶わないけど。

 それでも、貴方の思いを心に抱いて、私は唄を紡ぐ事が出来る。
 貴方へと届く事を祈って。
 届かないだろう事も知りつつ。


 それでも、唄う。



 この暗闇から、貴方へ。愛の唄を。









〜あとがき〜

久々に、シリアスな感じで。いかがでしょう? 長いですよね;
飽きてしまわれた方、すみません;
本当は、連載にしようかなぁと思っていたのですが……。
連載だったら、この後恋次が助けにきてハッピーエンドだったかもしれないのに;

読んで下さって、ありがとうございました♪

この作品は碧露草様の夢小説投稿作品です。
碧露草様、ご投稿有難う御座いました。

photo/M+J