彼がわたしの傍らからなんの兆候もなく消えてしまって、そしてわたしの記憶から前ふりなく抹消されはじめている件に ついて。実際のところ、彼はわたしの何だったのだろうか、恋人ではなかった気が、する。彼の顔が近頃、徐行しながら も朧げとなってきているので、そんなに親しい友人でもなかった気がするし、だからと言って同僚、で片付けるには些か 寂しいものだ。でも彼は、確かにわたしの傍らにいた。なんの理由もなく、こじつけの理由ならいくつかあったけれど、 もっと根本的な理由なんてなにもないのに、ただ傍らにいた。まるでわたしの半身みたいに。恋人だと、おもってたのかも しれない。儀式のようなキスは何度もしたし、欲求を解消することもしたし、まるで恋人の真似事みたいだ、とおもった。 おぼつない体躯をあの夜、活発にうごかしたのに、最後には泡沫とだれの記憶にも残らないまま、呆気なく消え失せて しまうのでないかとわたしはとても心配で心配でしかたない。それなのにわたしは、「代わりにわたしが、あんたのこと を覚えているから」と、うわべだけの優しさで言いたくない。だって、それで本当に忘れてしまったらどうするの、 天国か地獄かしらないけど死後の世界に旅立った彼に、「あの野郎、あのとき覚えてるとか言った癖にいまはすっかり 忘れてのうのうと幸せになってやがる」とか思われて僻まれて疎まれて、そのとき幸せだろうわたしの今後に関わったら 嫌じゃない。とかなんとか強気に努めるわたしの目は、夜なのに冴えていて、冴えているのにひどく潤って潤った雫が 溢れてきた。 あのねスクアーロ、わたしは本当はね、幸せになるのも全部全部、傍らにいるあんたとなりたかったんだ。きっとこれ からもなんの理由も無くわたしたち傍にいると思い込んでいたから、いま藻屑となっているのはスクアーロじゃなくて、 わたしたちの間にあった見えない隔たりで、いつかはふたりなんの理由がなくてもとなり同士にいることができるよう に願っていたんだ。 乱暴もので、言葉遣いはわるいし、掛け違えても紳士にはならないあんたでも、わたしにとっては恋人よりも、親友よりも 家族よりも同僚よりも、ずっとずっといとおしかった。おそらく打たれ強いあんたでも、サメに喰われてまで生きていないと 思うので、死んでしまったであろうから、今更こんな告白しても、いつものようにわたしの喉の奥につっかかって、消化さ れてしまう。つっかかったきもちはいつもいつも苦しいし寂しい。もっとはやく隔たりを埋める努力を垣間見なければ、 きっとわたし今よりは幸せな気持ちであんたに餞をおくることができたのに。 後悔ばかり先に走り、留まることを知らないスクアーロへの想いが、爆発しそうで怖い。きっと心の中でばかやろうと あんたに叫ぶことも、文句を言うことも、愚痴をぶつけることも何もできなくなったから行き場をなくしちゃったのだ。 だからさ、つまりわたしは、スクアーロを愛してたんだね。そして、きっと傍らがきみだってことが何より幸せだった。 幸せだったから手放したくないし、でもわたしがそのきもちに気づくまで時間がありすぎた。瞳を閉じれば、いろいろな スクアーロが浮かんでくる。こんなにもたくさんのきみがいるのに、わたしは我侭で欲張りだからどんどん新しいきみが すきになる。ねえ、家族でも親友でも恋人でも同僚でもなく、きみはわたしにとってなんなんだろう。でもそのどれより もいとしくて、今一番傍にいてほしいよ。 「スクアーロ、すきよ」 喉にかかった酷く残酷なことばを一生懸命言い切ると、胸のおくが苦しくなった。水葬されたスクアーロの血が、瞳が、 腕が、足が、あんなサメ如きに砕かれたと思うといたたまれないし歯がゆい、そして悔しくて苦しい。彼と戦う前夜に した、勝利を願う口付けを思い出して、今日もわたしは思い出すんだ。彼が生きていたこの世界のことを。わたしは たしかに恋人ではなかったけど、恋人の代わりくらいになれたんじゃないか。堕落し続けるわたしの感情を、どこに ぶつければいいのかわからない。崩れそうなわたしの心は、いつでもきみのことばかり考えているのに。 忘れろとザンザスは言う。あいつのような弱者は、とスクアーロを貶して、あんなにも誇りを守った彼を、蔑んだ目で 強く貶す。今思えば、藻屑と消えゆくのはザンザスであるべきだ。どうしてなぜ、スクアーロはしんでしまったのだろう。 彼らのような血のめぐりの悪い奴らは、労うということを知らない。自分のために戦った自らの部下を、無下に嘲笑う、 勝者に生と力を、敗者に死と屈辱を。 ねえ、わたしもそっちにいってもいいかなあ?辛くて辛くて、わたしはこの世界でやっていけそうにない。そう、スクアー ロの隣にいきたいんだよ。こんな屑みたいな世界には、何も後悔なんてないから、いい…よね。ベッドの上はひどく寂 しかった。冷たいシーツを捲って潜ると、頭がくらくらしてだるかった。目を瞑ると彼がいない不安で埋め尽くされそうにな る。いつも、そう。そして下降気味なわたしの気持ちを、誰も汲んでくれるわけもなくわたしは睡眠欲を埋め尽そうとする。 でもなかなか眠れなくて、不安で不安で、明日ひとりだったらどうしよう、と思うと虚しくて不安で死にたくなって、考え込 んでいると気がつくと寝てしまう。(最近はこんな、きもちのわるい生活ばかりなので、わたしはわたしが心配です) ちかごろ、夢を見るよ。スクアーロがたくさん出てくるゆめ。夢の中できみはわたしのとなりにいて、なんともまた黒装束 の死神のような格好をしていた。スクアーロと逢うたびに、なきそうなくらい苦しくなるのに、ふしぎなことに涙腺はにじ まない。いくつか会話を繰り返すと、だんだん薄れていってしまう朦朧としてくるきみのすがた。手を伸ばすのに届かない どころか、となりにいても触れることさえ出来ないから、スクアーロは死んだんだと、嫌というほど分からされた。わたし はとなりのスクアーロに手を伸ばして、そして通り抜けてしまう腕をひどく気持ち悪いと思った。彼の顔をみると、気まず そうにわらう。義手のはずだった彼の片手は、修復して、しっかりと血が通い温かそうだった(わたしは触れられないの で、温度はわからない)。繰り返す会話は他愛なくて、「すき」だとか「死にたい」だとか、大切な言葉は頭のなかから消 えうせてしまう。わたしの本当の意志が伝達されていたのかさえ不安だ。 「スクアーロ、わたし、髪の毛切ろうと思うんだ」 「ああ、最近長くなってきたからな、それもいいと思うぜえ」 「なんであんた語尾が間延びすんの?」 「え?あんま意識しねぇかんなあ。間延びしてっかぁ?」 「してるじゃない、わかんないの。」 「わかんねえ。あ、オレ、あのときマジな話怖かったんだぜぇ?」 「あのときって、でかい獰猛な海洋生物に喰われたこと、でしょ」 「あれ実はオレ生きてました、て言ったらおまえ信じるか」 え、とわたしが言う前に彼は徐行し朦朧としつつ消えた。彼は最後、ほんとうに真面目な顔になって、身震いするくらい 格好良く言った。胸がまた苦しくなって、息ができないかと思った。わたし、死にたいのにこんなにも格好良いスクアーロ を、しかも夢の中で見るなんてある意味最悪なんじゃないの。でも今思えば、格好悪かったスクアーロなんて、彼が生き ているうちには見たことがなかった。どこか強情で、クールで、どこから沸いてくるか分からない自信で満ち溢れていた スクアーロは、やはりどんなシーンでもめくるめくわたしを魅了する。手を伸ばせば届かなくて、気持ちは溢れ零れてい くのに伝わらなくて、いつも傍にいたのに一番遠くにいた存在のスクアーロは、死んでからもわたしの心を掴んで離さな いのにゆめの中でしか会えないから、寂しいどころかいっそ虚しい。ねえ、わたしねまだ、あんたの死に顔見てないや。 ねえ、ほんとうは生きてましたって冗談でしたって、わたし怒らないからさ、笑顔でおかえり、って言うから、帰ってきて。 わたしのこと苦しませてきたことも許すから、勝手に死んだふりしてわたしを掌の上で転がせてたことも、ぜんぶぜんぶ 許してあげる。わたし、スクアーロのいない世界なんて、つまらなすぎて必死で生きてるの、ばかみたい、だ。ねえ、帰っ てきて。ザンザスに殺されちゃいそうなら、わたしと駆け落ちしよう。ずっとずっと、わたしのとなりで一緒に馬鹿なこと いって笑って必死で生きようよ。思ったことはただ堕落し続ける。本当の気持ちなのに、だんだん切なくなってきて、最後 には失くしてしまうのかもしれない。 すき、だ。 スクアーロが鮫の餌になった夜、わたしはベッドの冷たいシーツの中でくるまって、気が狂ったみたいに留まることを知ら ない涙と一緒に、思い出も出しおえてしまうつもりだった。過去に囚われることなんて、あってならないって思ってた。 その真夜中にみた夢に、彼は予告なく現われた。現われたら、すこしだるそうに笑って、わたしに一言残して空気みたい に消えてしまった(すきだ、と)。妄想みたいで格好悪かったから、わたしはどうしてもその夢がわたしの美学に反れてる と思いたくて、頭の引き出しの奥のほうへ閉まっておいた。引き出しの奥の、わたしの理想と夢のすべては、一緒に 泡沫と消滅したはずだった。 ふいに生きてるのとおなじような、血が通っているようなスクアーロが脳裏に浮かんで滅さないから、まだきみが生きてい るような気さえする。際限ないきみへの思いで、わたしは全部が占拠されている。わたしはくすくすと笑う。諦めの悪い 悪循環な自分を嘲りそして罵って、死ぬ理由をいくつも探す(笑いながら、)。夜スクアーロに逢った後は、すごく死にたく なる。どんな理由を探してでも死ぬことに際限を尽くす。わたしの頭は空っぽな入れ物だけが残った。死ぬこともできず に、他人にスクアーロへの思いをぶちまけることもできずに、足掻いていた。 死にたくないのに死にたくて、愛しているのに大嫌いと思って、傍にいたいと強く願うのに彼が死んでも大丈夫なふり をして、逢いたいのに逢いたくないと深く願う。わたしの中の彼の残像が、鮮やかに捩って軽やかに唸る。きっときみ の死に顔は、人形みたいに綺麗で魅力的なのに、どうして見ることができないんだろうね。ほらまた、彼の死に顔、なん て見たくもないくせにどうしてこんなにもわたし、天邪鬼なんだろう!すごくすごくすごく、死にたい。でもね、ほら、 スクアーロが言っていたの(夢の中で)。それはもう格好良くてむしろもう神秘的で、死んでしまうかと思った。それどこ ろじゃないのに。 おまえは生きろ、 と、つよく言ったんだ。ねえ、たったそれだけなのに、夢の中なのにわたし死にたくて死にたくて仕方なかったのに生きよ うと思えてしまう。今が怖い、明日が怖い、明後日も明々後日もその次も、もう一生来なくっていいって思ってたのに、た だの残像の幻の幻想のきみに促されてしまう。わたしもすき、だ。そしてお前も強く生きていてほしいのに。わたし、わた しだけ生きていていいわけない。でも、今強く思う。ねえ、わたしスクアーロの分まで生きていくから安心してよ。そして誰 よりずっとあんたのこと覚えてるよ、幸せになっても妬まないで恨んじゃいやだよ。ねえ、ちゃんとわたし、人生の端々に スクアーロを思い出せると思う。ねえ、だからちゃんと、安心して眠っていてください。おやすみ、スクアーロ。(そして永遠に) 堕落エモーション でもやっぱり、わたし優柔不断なので、生きていてほしいかも、しれない。 |
もいえませんが、生きてたら洒落にならん!と思い最後につけたしときましたv それでは、ありがとうございました。長くてすみません; この作品は水嶋*唯様の夢小説投稿作品です。 水嶋*唯様、ご投稿有難う御座いました。 photo/ |