はじめのいっぽ 3話
― 3 友の涙 ―









 その朝、目を覚ました私の視界に映ったものは、斬縛刀だった。

 涙で滲む視界に、部屋の隅においてある斬縛刀が嫌にハッキリと映った。



「ギン……」

私は、もうどうしようもないくらいに疲れていた。

 ギンと共にいられないのなら……それならば……。









 あの日以来、私は初めて立ち上がって布団から出た。自分の足で、歩いた。

 己の、斬縛刀へと足を進めた。



「ギン……」

私の頭の中は、ギンの顔と声、言葉……それ以外のものは何も浮かばなかった。



 久しぶりに手に取った斬縛刀は、なぜだかとても重く感じられた。

「ギン……」

鞘を取り、床に落としてしまうと……銀色に光るその光が、今の私には救いの光に見える。

「もう、生きている意味なんて……」

溜め息をつくように呟いて、斬縛刀の腹を喉元にそっと当てた。ヒンヤリとした感覚。

 思いのままに力を込めようとした、その時。





さん!!」





 耳元で聞こえたのは、恋次の声だった。

さん!!」

後ろから抱えるようにして、私の喉元を庇いながら。恋次は必死で、私の名前を呼んでいた。

さんっ!!」

呼び続けていた。



 私の目の前には乱菊が立っていて、震える私の手から斬縛刀を奪い取ると、

それを壁に叩き付けた。



ーーガシャン!!ーー



 大きな音に思わず体をすくめると、乱菊は再び私の前に立った。

 同時に、私を抱えていた恋次が、私から離れて斬縛刀を拾いに行った。



……」

乱菊は、今まで見た事がないくらい悲しそうな顔をしていた。

「乱菊……」

名前を、言い終わるか終わらないかと言う時。



「……っっ!!」

左頬に、衝撃が走った。

 あぁ、ビンタされたんだ……そう理解できたのは、ジンジンする左頬と、

目の前でボロボロ涙を流す乱菊を見たからだった。





「しっかりしなさいよ!!」



 初めて、見た。

 乱菊が感情のままに取り乱して、泣き叫ぶ姿なんて。

「しっかりしてよ!!あんたがそんなんじゃ、あたしどうすればいいのよ!?」

 私の肩を掴み、揺さぶる乱菊。

 怒っているように、すがりつくように、泣きながら……あの、乱菊が。

「あんたの全ては、ギンだったの!?ギンだけだったの!?じゃあ、あたしは!?

恋次は、日番谷隊長はっ!?」



 いつも余裕で、いつも私の世話を焼いてくれて、強い乱菊が。

 部屋の隅では、恋次が私の斬縛刀を握りしめて、声を殺して泣いている。



「しっかりしなさいよっ!!!っ!!」









 私は、どうして気づかなかったんだろう。

 幼い頃から共に生きて来た乱菊が、こんなにも辛かったんだってこと。

 私が、こんなにも乱菊を苦しめていた事。



 いつも傍に居てくれたのに、いつも支えてくれていたのに。

 誰よりも、私のことを思ってくれていたのに。



 こんなにも、待っていてくれていたのに。







「乱菊……、ごめん。ごめんね……」

触れた、乱菊の手は……私の手よりもずっと冷たかった。

「ごめんね、ごめんね。待っててくれたんだよね、私を」

ここに来て、ようやく真直ぐに見ることが出来た乱菊の瞳。



「そうよ、バカ!なのにあんたと来たら生きてるんだか死んでるんだか分かんな

いような顔して……私が、私たちがいるじゃない!」

「うん、ごめん」

「やっと、あたしの目を見てくれたわね。本ッッ当、馬鹿なんだから!」

「うん、ごめんね」

「分かればいいのよ!!隊長にどやされるから、あたし行くわよ!

あんたも仕事に戻りなさい!」

 涙を拭いながら、びしっと私の顔を指差して乱菊は部屋を出て行った。

 扉が閉まる前に、最高の笑顔を残して。



さん、斬縛刀は今日一日俺が預かっときます」

恋次も、そう言って涙を拭い、扉に手をかけた。

 そして振り返って、真直ぐに私の目を見ながら、言う。

「俺は、良かったと思ってますから。あの時、さんが市丸隊長の手を取って

しまわなくてよかったって……思ってますから」

「恋次、ありがとう」

私の言葉を聞くと、恋次はぺこりと頭を下げて今度こそ出て行った。





 窓辺で揺れている百合から、いい香りが漂う。

「気がつかなかったな……」

花の香りにも気がつかないほど、私の全ては麻痺しきっていたんだ。





「ありがとう……みんな」



 涙が、止まらない。

 頬を濡らす涙は、何故かとても温かかった。



「しっかりしなくちゃ、ね!」





 ようやく動き出した私の時間。

 この涙が止まったら、心配をかけてしまったみんなに謝りにいかなくちゃ。

 滞ってる仕事も、片付けなきゃいけない。

 





「ギン……」

もう、泣かないよ。

 私は、みんなと共に歩いていかなきゃ。







 今日も、明日も、明後日も……ずっと、ずっと。











長すぎでしょうか;
当初の予定よりもこの3話、長くなってしまいました。
読みづらかったらすみません;
本来ならここで終わっても良かったのかなぁなんて思うんですが、私的にちゃん
と日番谷隊長との絡みも書いておきたい!なんて理由でもう少し……後3話くらい書きます;
よろしければ、お付き合い下さいませv



この作品は「碧露草」様の夢小説投稿作品です。
「碧露草」様、ご投稿有難う御座いました。

photo/Sky Ruins